1987年8月

 良い漫画も多いから、読ませて読書力をつけようという意見があるが、とんでもない話である。良いものと同じ数だけ毒になる漫画があり、両方を合わせた数だけ毒にも薬にもならぬものがある。
 海外で目や耳に入る日本語は国内とは桁違いに少なく、一冊の本が子どもの心に占めるパーセンテージは桁違いに多い。何回も読み返され、そのセリフや俗悪な表現が子どもの心にしみ着くと知っても、あなたは漫画を読ませたいのだろうか。

だってだってのおばあさん

"あるところに、ちいさなうちが、ありました。"と始まるこの絵本には、九十八歳のおばあさんと、五歳の元気なおとこのねこが登場する。
 魚釣りに行くたびに、ねこはおばあさんを誘うのだが「だって九十八歳だもの」とお留守番。
 ところが、ねこが、おばあさんの九十九歳のお誕生日にケーキ用のロウソクを買いに行って川に落としてしまったので、残った五本のロウソクでお祝いをすることになる。一、二......五と数えているうちに、いつの間にかおばあさんは五歳の気分になって、魚釣りにもついて行くようになる。
 作者の言う、子どもの心をいっぱい持つおばあさんになるには、あのキラキラした目、透き通った心を忘れないようにしなければ。


おばあさんのひこうき

 まっ白で、しかくいたてものが嫌いで、田舎でひとり暮らしをするおばあさんの家に、大きな黒い蝶が迷い込んできた。編み物上手のおばあさんが、その蝶の羽と同じ模様を編んだら、毛糸がふわりと浮き上がり......。
 そこでおばあさんは飛行機を編み、満月の夜、孫のタツオが住む団地へと空を飛んだ。騒がれるのは嫌いだから、たったひとりで、たった一度だけ。
 こまやかで壮大な構築美を持つ空想物語で読者を魅了する佐藤さとるの作品だが、このお話はむしろ編み物のような優しさが胸に残る。最後のタツオのことば以外、会話はすべておばあさんのひとり言。
 読み終わった子どもは、きっと日本のおばあさんにお手紙を書きたくなる。"せえたあを、どもありがと"と。


妖精ディックのたたかい

 英国のあるふるい家に棲みついた妖精ホバティ・ディックは、新しく引っ越してきた住人、ウィディスン一家を、なんとか守ろうと決意する。
 その家に住む人が幸福になるよう気を配るのが、家つき妖精の義務であり、その家の人々が愛情を込めて感謝をささげてくれた時、はじめて彼は、家つき妖精の境遇から解放されるからである。
 厳しい女主人から使用人を助け、魔女の悪だくみから少女を救い、埋もれた財宝を発見させて、愛し合う若いふたりを結びつけようと心を砕くディックの物語は、読者を、この煩わしい現実から妖精の世界へと導いてくれる。
 これを読むとあなたも、妖精ホバティ・ディックを、見つけられるかもしれない。


とうろうながし

 戦後生まれの親が海外で子どもに日本の八月を語る時、手にしたい一冊。
 戦争の話は、避けては通れないが難しい。
 淡々と優しい語り口と激しい思いを込めた絵が、原爆の日の蒸し暑さを子ども達に伝えてくれる。