1984年10月

 本を読むときに、夢中になって物語りの世界に浸れる子と、登場人物と筋書きと著者名とを知識として取り入れるだけの子がいる。
 生まれながらの性格もあろうが、本や物語に対する親の態度も影響している。物語に浸れてこそ、その物語がその子の体験となり得るのである。読み終わるたびに感想を求めるのは、害にこそなれ、あまり益にはならない。

たまごとひよこ

 巻末に評論家の松田道雄が"性の中の合理的なもの"と題して、「教育は子どもの将来に役立つと思えるものを十年も二十年も早く与えるものである。性教育も男女交際のあり方も年々変わるが、この親と卵のサイクルは変わらない。このサイクルの合理性を知っていることは子どもに将来役立つだろう」と書いている。
 性教育は国によって大きく違うが、いずれにしても今の時代、きちんとした知識を家庭で与えておくことが必要である。それには、年齢に応じた本を書棚に加えておくのが良いが、この本はその最初の一冊にふさわしい。卵の中に丸くなっているひよこの絵も愛らしい。ほかの絵本もそうだが、特に性に関する本は、俗悪な絵、親が嫌悪を感ずるものは、例え他人に奨められても避けるべきである。


アメリカからの転校生

 アメリカから帰国した少女ジュンは、のびのびとした明るい女の子。早く日本の学校に適応しようと気をつかうのだが、アメリカと日本の考え方の相違から裏目に出てしまう。結局は理解しあえて、めでたしめでたしになるのだが、その頃には父親の次の赴任先がきまってしまう、と必ずしも甘くない現実をちょっぴり覗かせている。
 帰国児によくありそうな日本への適応過程を、涙と笑いでうまくまとめている。親子が共に頼る担任が、案外分かってくれず、かえって子ども同士が努力して理解しあう。
 物語のジュンは日本人の友人に同化しようと努力するが、実際には自己を持ち続け、同化したがらぬ子も多い。それはそれで強い生き方なのだと思う。帰国後の経験の先どりなどと構えずに、サラッと一読したい一冊である。


太陽の世界 1 聖双生児

 半村良は児童文学作家ではないが、読みごたえのある本ものの小説を書いてくれる数少ない作家のひとりである。情趣ある愛の描写を見れば、子供向けとは思えないのだが、彼の作品には常に夢があり、あるときはSF、あるときはファンタジィ(主人公がお姫様ではなくて飲み屋のおねえさんであるにしても)ですらある。
 その半村良が、憧れのムー大陸を求めて旅するアム族とモアイ族の長い物語を書いた。
 久しぶりに読みでのある、本の虫には見逃せぬ作品で、現在、単行本が十一巻、その内五巻まえ文庫本が出ている。八十巻まで刊行の予定とか。横尾忠則の挿絵も、この不思議な世界を見事に描いている。


歌の絵本

 大人にとっては懐かしい、そして、ぜひ次代に伝えたい日本の歌が、この絵本にほとんど網羅されている。安野光雅の絵も叙情があり、芥川也寸志の編で楽譜が添えてあるのが、音痴の親には何よりである。