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1987年10月

 旅行からの帰りの列車で“悩める父”と同席した。故郷の甥達より劣って見える七歳の息子を、つい殴って無理に勉強させたという。  明け方まで泣きながら机に向かっていた息子を思い出して、反省することしきりだったが、「帰ったら金でもやって」というので「お金よりは、おもしろい本を、父親の読み聞かせつきで」と薦めた。  怒るのはいいが、やりすぎた時は、素直な謝罪と、甘さではない優しさがたいせつである。

うさんごろとへんなつき (わたしのえほん)

 体も目玉もでっかくて、もひとつ話もでっかいうさぎのうさんごろに聞いたのがこの話。
 十五夜はうさぎ達のお祭り。おいしいものをたくさんお供えして、いよいよ「お月さまのおでましー」。ところが、いつもと違う変なお月様が、ご馳走をむしゃむしゃと食べ、小さなうさぎをけとばし「あかんべー」と逃げていく。「よし、ぼくがあいつをやっつけてくる」と、うさんごろ。
 民話のような語り口、とぼけた味、そしてはり絵のわしの切り口が、子どもの心に母の手の温かさを伝える。

うさんごろとへんなつき (わたしのえほん)

魔女たちのパーティ (アメリカ創作絵本シリーズ 23)

 ハロウィンのパーティに行く道すがら、お化けに化けた少年ファラディは、魔女を追って森の奥に迷い込んだ。
 魔女や大鬼、小鬼に見つかって、取り囲まれたファラディは、大なべでシチューにしてしまうと脅されるが……。
 さすがの(?)日本でもまだあまり一般的でないハロウィン祭だが、この絵本からそのイメージがよく伝わってくる。
 日本語訳のことば遣いに多少不自然さがあるように思うが、絵の楽しさと色づかいの美しさが、それを十分に補っている。

魔女たちのパーティ (アメリカ創作絵本シリーズ 23)

なんでもくれるヒネ・クレル (おもしろ童話館 (1))

 主人公のツヨシは、本当は弱虫な男の子。だから友達はヨワシと言ってからかう。
 ところがある日、「ほしいものは何でもあげます」という“なんでもくれるヒネ・クレル”がやってきて、ツヨシに『アタル』という名前をくれた時から、いじめっ子にいじめられることもなくなるし、福引も大当たり、授業で先生に当てられても、ドキドキしないでちゃんと答えられるようになるのだが……。
「この後どうなるのだろう」。子ども達は胸をワクワクさせながら一気に読んでしまうに相違ない。子どもの成績を良くする本を大人は与えたがるが、子どもはおもしろい本が好きなんだ、という作者の思いが込められている。

なんでもくれるヒネ・クレル (おもしろ童話館 (1))

新・日本のお天気12ヵ月 (お天気を通じて世界を知ろう)

 海外で日本の気象を勉強する必要などまったく認めないが、この本は別。
 季節や天気と切り放せない日本の文化、文学を、より良く理解するためにぜひ読んで欲しい。
 小説『雪国』の引用に始まり、つゆ寒む、霧氷などなど、科学的に説いている。

新・日本のお天気12ヵ月 (お天気を通じて世界を知ろう)


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