« 1987年08月 | メイン | 1987年10月 »
近ごろ朗読のテープがよく売れているという。それはそれで良いのだが、テープを聞いてその物語を読んだつもりになるのでは困る。朗読する人の判断や価値観が、感情として加わるからである。
同じ物語でも、自分の目で読むか、他人の声で聞くか、作られた映像で見るかによって、それは異なったものになってしまう。
読み聞かせは他人の声でなく、親や、その子をよく知って接してくれている人の声で聞かせたいものである。
「ある日、おまえがはなれていってしまうことは、わたしにはわかっていた。……今、目の前にチャンスがあるなら、それをつかみなさい」と父さんは言い、母さんはわあわあ泣いた。こうして部族社会を去りフランスへ留学した筆者には、人種差別や貧困という苦しみが待ち受けていた。
そんな生活の中で心の支えになったのが、ギニアでの少年時代の回想を書きつづることであった。
こうしてできあがったのが本書で、守り神の蛇、呪文(ドゥガ)、栄光の踊り、割礼など、マリンケ族の伝統的生活や風習が描かれているが、そこに生きる“アフリカの子”の思いは、遠い日本のこのそれになんと近いのだろう。アフリカの少年の憧れ、恐れ、恋が、タムタムの音のように読者の心に響いてくる。翻訳も美しい。
今、日本ではこれが映画化され、見ごたえのある子ども映画として話題になっている。
原作である劇画を通読してからと、この欄での紹介が遅れたが、映画を先に見るとこのSFの味わい、特に恐ろしさが半減するので、ぜひ本を先に読んで欲しい。
物語は、学校ごと異次元に放り出された八〇〇余名の小学生の、子ども同士の争い、飢餓との戦い、異生物との攻防などと、息もつかせないが、一番怖いのは、人間の本性をむき出しにした給食係のおじさんの存在である。
劇画(あまり勧めないが)と小説と映画と、それぞれ優れているとされるこの作品の、メディアによる違いを知るのもたいせつな勉強である。